今日明日を生きない
我々は時間に拘束されて生きています。
それは時計を覗かなくても朝が来て夜が来るサイクルがある限り避けられないもので、結論的には死をいつか迎える以上生きている限り付きまとうことになります。
腹が減るから定期的に食事を取らなくてはならないというのもそんな感じですね。
まあ物理的な生死の問題はどうしようもないので、解決するには死ぬしかないということで終わらせる。
そもそもそんな死ぬ事を意識して毎日規則正しく生きてる人間なんてほとんどいないでしょ。
では今の自分にスポットを当てたときに何に拘束されているのかと言えば、冒頭に挙げた朝が来て夜が来るサイクルだ。
実際にはこれも正しくない。
正確には「朝になれば動き出し夜になったら家に帰るという社会のサイクル」に縛られているのだ。
つまりは高校生の我々を例に挙げるのであれば、朝になったら学校に行き夜になったら家で自由な時間を過ごす毎日に縛られている。
もちろんその自由な夜の時間を自由に使えているかという話は個人によるが。
そして休日もこのサイクルから抜け出すことはできず、あと何日休日があるから何ができるといった逆算的な考えのもと過ごすことになる。
そのため、時間の単位は1日を基本的に越えることはできない。
72時間と聞けばそれを24×3時間と考えてしまう。
そして、3日間あれば3回睡眠を取ると考えてしまう。
至って普通の考え方だと思う。
でも、正直窮屈ではないか。
どうしようもないことは承知の上だが。
学校が終わって家に帰れるのが5時とかで、部活がある時はもっと遅く、そこから勉強やら部活の事務的な事やら家事の手伝いやらなんやらして、日付を越える頃には明日のために寝なくてはいけない。
さらにもし何かしらの娯楽をたしなむならここの時間しかない。
この限られた時間の中で行うとすると何かが長引けば他の何かを短く済ますしかなくなり、これが私の感じる窮屈さなのかなと思う。
ではあくまで錯覚の範疇だが、その時間に縛られているという意識を取り除いたらどうなるか。
何かが長引いてもそのまま他の事を予定通り行ったらどうなるのか。
最初の段階として、まず夜更かしになるだろう
そのまま時間を気にせず眠り、また起きて活動してすべて終えてから眠ったらどんどん眠るのが遅くなっていく。起きるのも遅くなっていく。
そのうち眠るのが朝、昼となっていき、起きるのも昼、夜となっていく。
そしてそのうちまた夜に眠り朝に起きる生活に戻り、また同じようにずれていく。
実際にはそんな生活をしたら睡眠時間を伸ばしてしまったり生産的な活動ができずどんどん堕落していくはずだがあくまで理想的な話だ。
この時、「1日」は存在しない。
極端な話、3日間あってもその中では睡眠は2回かもしれない。
しかしそれは徹夜のようなアンバランスなものではなく、72日を2で割った結果できる新たな規則にのっとったものだ。
3日に2回の睡眠と聞くと流石にきつく感じるが、10日に9回のサイクルであれば可能な感じがしてこないだろうか。
規則という言葉を使ったためにまた拘束されてると感じるかもしれないが、これらは能動的で、自分にやりたいこと、強いてはやらなくてはならないことが増えたとき、それは自由に変えてもいいものだ。
この生活は本能的であるがその中身が理性的であれば、恐らく個人の範囲では成り立つと思いますよ。個人の範囲であればね。
現実を見ればこれが不可能なのは誰もが分かっていることで、これをすると社会的には確実に死んでしまう。
どうなんだろう、ノルマ制で自宅で出来る仕事とかだったら将来できなくもないのかな。
しかし、確実に学生の身分では不可能だ。
言わずもがなこの場合の不可能というのは、関係が壊れるとかそんな曖昧なものではなく、純粋に退学させられてしまうという物理的なものである。
例えば明後日からテストが始まるが、それに行かなければ、もしくは行っても3時間ほど眠り続ければもうあの社会にはいられなくなることでしょう。
これまでの成績によってはいられなくならない人もいるだろうが、私は確実にいられなくなる側だ。
ただ、この「いられなくなる」というのは「いなくなりたい」へのアプローチとして最も強いものなんですよ。
自分がいくらいなくなることを望み、誰かに訴えかけ、それを拒否され続けていたとしても、「いられなくなる」ただこれだけでそれは絶対達成されてしまう。
もちろんその逆も然りですが。
すげー自分に悪寒がします。
いなくなりたいとまでは思っていないはずなのに、ここまで考えてしまった自分が恐ろしいです。
これでちゃんとテスト受けたのに駄目でしたとかだったら笑っちゃいますね。
とことんマルチタスク及び両立が苦手な人間なのでもっと時間があればいいなと思っています。
夜更かしもほどほどにしたいですがしないと生きていけないのでどうしたものかと。
効率的に時間を使えるようになれればいいのでしょうか。
それとも何かを切り捨てるべきなのでしょうか。
毎日高校生として生きている人間を心から尊敬しています。
高校生になれずに大学生や社会人になれるのか考えるとアホみたいな顔になってしまいます。
ただ面白いことに死にたいという心地は微塵もしないのですね。
父親に言わせればいつか自殺しそうとのことですが。
じゃあまだ限界じゃないってことなんでしょうね。
先ほども書いた通り逃げ道はいくらでもありますから。
逃げ道もなくなり本当に辛くなったら、どうなってしまうかとても怖いですね。
なぜか思い切りだけは良い人間に生まれてしまったので。
そうなる前に頑張って手を打っておかないといけないと思います。
明後日は頑張れるようにします。