禁断の果実
そこの貴方、今の自分に満足していますか?
いやあ、しているならしているのでいいのでございますよ。
していないならそれもまたいいのであります。
満足していない、もしくは不満に思っている、不便に思っている事というのはいつだって進歩の起点でございまして、それ無しに進歩した歴史というものを私は未だ知らないような気がします。
そもそも、その今はまだ上手く言ってない部分をより良いものにするという工程に進歩という名がついているのですよ。
逆に言えば現在の良くない点を踏まえずに進歩しようとすると明後日の方向に進んでしまったりするのでありますな。
ニコニコ動画の悪口はやめろ。
以下「不満点」というワードを使いますが、これが分かるというのはとても大切なのですが、これが分かるというのはどうしても痛みを伴う。
盲目的に今の現状を良いものと捉えている方が遥かに楽です。
しかしそれが必ずしも幸せとは限らない。
だから改善しようとするのです。
でも、簡単にそれが満足する形にできるかは分からない。
モチベーションは必ずしもそれに付随しないから。
そのモチベーションは伴わないが不満点を保持している状態、これはとっても辛い。
そういう話です。
私も不満点を認識してしまういわば禁断の果実を食べてしまいました。
これを乗り越えてこそ「私」が人間として一歩踏み出す物と思っているのですが、どうしても辛い。
初めての事ばかり起こる。
しかしそれの中心に自分がいる。
よってただの刺激的な体験とはならない。
罪悪感と不快感をを従えながら私を刺す。
改善すれば進歩に繋がると言いながら進歩とは反対の方向に向かってしまうことに嫌になりますね。
もっと楽観的な考えが欲しー
それが私の進歩だー
何はともあれ、スガシカオの歌を頭の中で流しながら生きていくのしかないのです。
明日は頑張りてーな